情報資源センター・ブログ

情報の扉の、そのまた向こう

公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センターがお送りするブログです。
渋沢栄一、社史を始めとする実業史、アーカイブズや図書館に関連する情報をご紹介しています。

 1879(明治12)年7月3日 (39歳) グラント将軍入京 【『渋沢栄一伝記資料』第25巻掲載】

是日、アメリカ前大統領ユーリシーズ・シムプソン・グラント将軍(General Ulysses Simpson Grant)入京す。栄一東京接待委員総代の一人として之を新橋駅に迎ふ。

出典:『渋沢栄一伝記資料』 2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代 明治六年−四十二年 / 2部 社会公共事業 / 2章 国際親善 / 3節 外賓接待 / 1款 アメリカ前大統領グラント将軍夫妻歓迎 【第25巻 p.479-485】
・『渋沢栄一伝記資料』第25巻目次詳細
http://www.shibusawa.or.jp/SH/denki/25.html

渋沢栄一伝記資料』第25巻p.483には、87歳の渋沢栄一による当時の回想が「雨夜譚会談話筆記」からの転載として紹介されています。
「雨夜譚会談話筆記」とは栄一の口述記録で、1926(大正15)年から1930(昭和5)年にかけて記録されました。『渋沢栄一伝記資料』別巻5 p.523-714にはその「雨夜譚会談話筆記」の全文が掲載されています。

[青淵]先生「グラント将軍が来たのは明治十二年であつた。当時は今日程国際関係に明かでなかつたが、それでも日米の間をよくせねばならぬとの考はあつた。独り米国のみならず、支那・朝鮮との関係も同様である。 ○中略 そこへ持て来て十二年にグラント将軍が来ると云ふ事で、私は商業会議所の会頭をして居つた関係から、会議所として歓迎を盛にする事に尽力した。 [中略] 先づ新橋駅に迎へ、グラントが汽車を降りると其場で私が歓迎文を朗読した。私は民部公子の御伴で英国に行つた時、ドーバーで一・二度是れと同じ歓迎を受けた事があつた。グラントの時に此方法をやつたのは福地の説に拠つたものと思ふが、或は私も右のやうな経験があつたので、東京市民はこんな心で歓迎すると云ふ所を示したのである。 ○下略
(『渋沢栄一伝記資料』第25巻p.483)

参考:1930(昭和5)年5月30日 (90歳) グラント将軍記念碑除幕式
〔実業史研究情報センター・ブログ 「情報の扉の、そのまた向こう」 - 2008年5月30日〕
http://d.hatena.ne.jp/tobira/20080530/1212115935