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公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センターがお送りするブログです。
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 1887(明治20)年12月17日 (47歳) 東京経済学協会例会での演説 【『渋沢栄一伝記資料』第27巻掲載】

是より先田口卯吉、東京経済雑誌社同人及び大蔵省官吏・学者等と相謀り、経済事情の討論・演説・調査等を目的とせる会を設立し、東京経済学協会と称す。栄一、当会の趣意に賛し当会会員となり、是日九段坂上富士見軒に於て開催せられたる十二月例会に臨み、演説をなす。

出典:『渋沢栄一伝記資料』 2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代 明治六年−四十二年 / 2部 社会公共事業 / 5章 学術及ビ其他ノ文化事業 / 1節 学術 / 2款 東京経済学協会 【第27巻 p.267-280】
・『渋沢栄一伝記資料』第27巻目次詳細
http://www.shibusawa.or.jp/SH/denki/27.html
東京経済学協会は、田口卯吉(たぐち・うきち、1855-1905)らによる経済談会(後に東京経済学講習会)を母体として「学理上及ヒ実際上ニ於テ経済学ノ進歩ヲ謀ル」(『渋沢栄一伝記資料』第27巻p.272)ことを目的に設立された団体です。『渋沢栄一伝記資料』第27巻p.268-270には1887(明治20)年12月に開催された例会の様子が、『東京経済雑誌』第16巻第399号からの転載として紹介されています。
そこでは銀貨下落問題について大蔵大臣から調査の下問があったこと、渋沢栄一が演説を行いふたつの問題を発議し、演説の終わりに学者と実業家とが互いに調和する必要を説き、「及ばずながら拙者も今回より会員に列して益々本会の拡張に尽力せん」と述べたことなどが紹介されています。
栄一による発議

  1. 商工業が格段に進歩したのに比べ、農業は維新前と殆ど差が無い。農業と他の事業の進歩格差が弊害をもたらすのではないか。原因と救済方法を講究されたい。
  2. 大蔵大臣が下問されたごとく、銀相場下落の原因と将来の成り行き調査は最も緊要。本会での調査を望む。

なお『渋沢栄一伝記資料』第27巻p.270-280には、東京経済学協会設立経緯や沿革に関連する記事が『東京経済雑誌』『田口鼎軒[ていけん=田口卯吉の号]略伝』などからの転載として紹介されています。
参考:田口卯吉と経済学協会 : 啓蒙時代の経済学(学位論文審査報告) / 松野尾裕 (『立教経済学研究』Vol.52, No.1(19980700) pp. 119-123)
〔CiNii〕
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006487169/