情報資源センター・ブログ

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公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センターがお送りするブログです。
渋沢栄一、社史を始めとする実業史、アーカイブズや図書館に関連する情報をご紹介しています。

 1927(昭和2)年2月27日 (87歳) 親善人形の展覧会 【『渋沢栄一伝記資料』第38巻掲載】

日栄一、三越並に松坂屋に到り開催中の親善人形展覧会を見る。

出典:『渋沢栄一伝記資料』 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 明治四十二年−昭和六年 / 1部 社会公共事業 / 3章 国際親善 / 3節 国際団体及ビ親善事業 / 22款 日本国際児童親善会 【第38巻 p.45-47】
・『渋沢栄一伝記資料』第38巻目次詳細
http://www.shibusawa.or.jp/SH/denki/38.html
日本国際児童親善会1 三越呉服店にて(昭和2年2月27日)
日本国際児童親善会 1 三越呉服店にて(昭和2年2月27日)
(『渋沢栄一伝記資料』別巻10 p.186)

1927(昭和2)年、日米親善のためにニューヨークのシドニー・L・ギューリック(Sidney Lewis Gulick, 1860-1945)の発案で、米国の子供たちから日本の子供たちに人形が贈られました。いわゆる「青い目の人形」交流です。日本に到着した人形は三越松坂屋で親善人形展覧会として展示・公開されました。1927(昭和2)年2月27日、渋沢栄一三越松坂屋に足を運び人形展示を観覧しています。
2日後の3月1日、栄一は再度三越に足を運んでいます。それは文部省が計画した人形歓迎の様子を紹介する活動写真に、日本国際児童親善会会長として出演するためでした。『渋沢栄一伝記資料』第38巻p.46には、『中外商業新報』第14736号(1927.03.02)からの転載として、三越呉服店での撮影の情景が以下のように紹介されています。

  雛段を背景に渋沢さんの笑顔
    お人形の御礼に米国へ行く
      活動写真のカメラの中へ
米国から贈られたお人形の御礼には、その歓迎会の光景や御雛祭の模様を知らせることが一番いゝといふので、文部省ではかの国へ送るために一日午後二時半から、飾りつけの済んだ三越呉服店のお雛段を背景にかりて活動写真をとつた、登場人物はそもそも人形のことで相談にのつた渋沢子爵・松浦文部次官、それに美しく着飾つた松竹の藤田陽子さんにふさ子さんといふ顔触れ、馴れた手つきで姉妹が、米国のお人形を子爵と次官にさゝげると、二人は人形を抱きながら思はずにつこり微笑むところ、天晴れ名優振りの表情とあつて、カメラストツプになり立派なスナツプが出来あがつた、[後略] (写真○略スは活動写真撮影のところ、中央向つて左より渋沢子爵・松浦文部次官、その前方右より藤田陽子・同ふさ子さん)
(『渋沢栄一伝記資料』第38巻p.46)