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公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センターがお送りするブログです。
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 1920(大正9)年7月21日(水) (80歳) 渋沢栄一、協調会理事会に出席 【『渋沢栄一伝記資料』第31巻掲載】

是より先、富士瓦斯紡績株式会社押上工場対友愛会紡織労働組合押上支部の争議勃発す。同社長和田豊治当会理事たるを以て、友愛会本部は当会に対し公開状を発す。是日当会、理事会を開き、友愛会の公開状に対しては答弁の必要なく、争議に関しても当会の干与すべきものに非ざる旨の宣明書を発表す。栄一、当会副会長として之に与る。

出典:『渋沢栄一伝記資料』 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 明治四十二年−昭和六年 / 1部 社会公共事業 / 2章 労資協調及ビ融和事業 / 1節 労資協調 / 2款 財団法人協調会 【第31巻 p.511-516】

1920(大正9)年7月16日、富士瓦斯紡績との間における労働争議に際し、労働団体友愛会は、協調会に対して公開状を提示しました。協調会とは労資協調推進のために設立された法人で、渋沢栄一は創立以来同会副会長を務めていました。
友愛会の公開状は、労資協調を標榜する協調会に対し「団結権」に関する態度を表明するよう求めるものでした。それを受けて協調会は7月21日に宣明書を発表、争議に関与する必要を認めないものの、本件においては「労働者団結権」の用語解釈が異なるため水掛け論となることを指摘、さらに協調会の姿勢と見解について、次のように述べています。

竜門雑誌  第三八七号・第三八―四〇頁 大正九年八月
[中略]
   宣明書
 今回富士瓦斯紡績会社押上工場に起りたる労働争議に関し、友愛会より本会に対し公開状を寄せたるが、本会に於ては敢て之れに答弁する必要を認めず、又争議の経過は本会が之れに立入るべきものにあらずと認むるも、友愛会の論拠たる労働者団結権の意義を明にし之に関する本会の態度を公表するは適当の処置と信じ、茲に此意見書を発表するのである、[中略] 更に団結権否認に就き、資本家が労働者を無視し、組合の決議や行動に対し相当の注意を払はざるの意義に解釈すれば、是れ絶対的の問題にあらずして関係的問題である、若し夫れ組合の基礎鞏固にして、其の行動や穏健なる場合には、之に対して相当の敬意を表し、其の意志を尊重するは資本家の当然取るべき方針ならんも、然らざる組合に対しては資本家は行動の自由を保留するも、何等非議すべき事でないのである、此の意義に於ける団結権否認の当否は、組合其ものゝ実体に依つて岐る事にして、之に関する本会の態度も亦概括的に説明する事は出来ないのである、[後略]
(『渋沢栄一伝記資料』第31巻p.512-513掲載)

渋沢栄一伝記資料』第31巻p.511-516には各種文献からの再録により、栄一が21日の理事会出席に先立ち、17日には休養先の大磯で協調会理事らの訪問を受けたこと、19日には帰京して理事より事情を聴取したことなどが紹介されています。
なお、この2ヶ月後に協調会は機関紙『社会政策時報』を創刊、その創刊号巻頭で、栄一は労資それぞれに望むこととして次のように述べています。

社会政策時報  創刊号・第一―五頁 大正九年九月
労働問題解決の根本義 (男爵 渋沢栄一
[前略]
資本あつての事業、事業あつての労働であると同時に、労働あつての事業、事業あつての資本である。資本と労働との共同活動が即ち産業である。賃金を与へる者貴くば労働を与へる者も同じく貴い。否、其の孰れも与へるのでは無い、資本と労働との持寄りに外ならないのである。[中略] 労働者の癖に怠けるとか、使用人の癖に反抗するとか、つまり此「癖に」といふのが根本の誤りである。此陋習の打破、即ち資本家の自覚が第一だと私は考へたのである。
 第二は労働者の自覚である。此れは資本の作用に就ても同様であるが、労働の根本意義は社会奉仕である。社会の必要とする物資を生産して社会に貢献する、之をなすには資本と労働と協力しなければならぬ、労働者が資本家に対して僻んだ考を持ち、徒らに人を敵視するか又は自己の便益のみを謀つて資本家を敬愛することなければ、即ち社会奉仕に悖るものであつて、其極自ら卑めるものである。此の正当なる思想から十分の節制と訓練とによりて労働組合を組織して、誠実な態度を以て漸次に之を発達せしめて資本家の信用を得、此の機関に依つて資本家との協調を保つて行くやうに努めねばならぬ。私は斯く希望したので、曾て友愛会に対しても其の穏健摯実なる発展を切望して已まなかつた次第であつた。
[中略] 資本・労働双方の覚醒を促して切に両者階級闘争の謬見を正し、其間の協同調和を保つて行くには、両者の孰れにも偏せずして公正不偏の立場にある機関を組織して、其の誠実なる活動に俟つのは最も適切な方策である、のみならず天下は資本家と労働者のみの天下では無い、社会構成の中心分子は大多数の公衆である、資本も社会の為に存し、労働も社会の為に存する、社会共同の福祉を離れては資本も労働も其用を成さぬ、此立場からして両者の専恣を戒め、其の当に趨くべきところを指示さねばならぬ、[後略]
(『渋沢栄一伝記資料』第31巻p.517-519掲載)

参考:戦前期、富士瓦斯紡績における労務管理制度の形成過程 / 金子良事
東京大学学術機関リポジトリ
http://hdl.handle.net/2261/25327
富士瓦斯紡績株式会社押上工場罷業資料 - 協調会史料リール054
〔協調会史料 - 大原社研大原デジタルアーカイブス〕
http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/kyochokai/k054/r054.html
友愛会による「公開状」(PDF):00038.pdf,00039.pdf,00040.pdf
*協調会による宣明書(稿)(PDF):00041.pdf,00042.pdf,00043.pdf,00044.pdf,00045.pdf