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公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センターがお送りするブログです。
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 1902(明治35)年12月13日(土) (62歳) 渋沢栄一、日本弘道会八王子支部秋季大会で演説 【『渋沢栄一伝記資料』第26巻掲載】

日栄一、日本弘道会八王子支会の秋季大会に臨席演説す。

出典:『渋沢栄一伝記資料』 2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代 明治六年−四十二年 / 2部 社会公共事業 / 3章 道徳・宗教 / 5節 修養団体 / 3款 日本弘道会 【第26巻 p.487-493】

日本弘道会とは、「邦人ノ道徳ヲ高クシ、国家ノ基礎ヲ鞏固」にすることを目的に、1876(明治9)年に西村茂樹(にしむら・しげき、1828-1902。教育家)により「東京修身学社」として設立され、のちに「日本講道会」「日本弘道会」と改称、1914(大正3)年に社団法人となった修養団体です。
1902(明治35)年12月13日、渋沢栄一は日本弘道会八王子支会で演説を行いました。その中で栄一は道徳と実業の関係について、欧米視察体験を交えて次のように述べています。

[前略] 昔は、[中略] 厳重なる階級制度が区立せられてありまして、所謂武門武士なるものが非常に勢力がありまして、[中略] 碩学荻生徂徠等の如き人の意見では、道とは士大夫の守もるへきものにして民の知るべきものにあらず、民は之れに拠らしむべし之を知らしむべからずと論じて居りました位ですから、当代に於ける農工商等の実業者の地位は最も下級に落されて仕舞まして、恰かも主治者の為めには手か足の如くに使用されて居りました、併しなから実際国の力と申しまするものは実業の外はありませぬ、国家の政治上に一大関係を有して居りますものは実業であります、政治は実業の為めの政治でありまして、政治の為の実業ではないのです、[中略] 徂徠の所謂道は士大夫の知るへきものにして農工商を営む如き一般人民の知るべきものにあらずとて、国家を養ふに大関係を有する実業家は手足の如く考へられましたるよりして、今日迄道徳と実業とが大に縁遠く感じられたる次第てあります、然るに現今は旧幕時代とは全く一変して、国を挙げて平等の権利を有し、苟も租税を納めて国民の義務を尽す以上は、各人各個皆な国務に尽力するの権を有するものてあります [中略]、然れども今日も尚ほ古風の観念を懐いて居る人を往々見受まして、商工業等に従事する人は其位地の卑きものゝ如く、主治者の手足の如く考へ居る人かありますか、此れは大なる誤りてあります、[中略] 此等の考を破りて実業者の品位を進め、思想を高くし、奮発心を興起致しまするは、今日の急務であらふと存します
維新已後は諸般の事物大に其の面目を改めまして、[中略] 漸次斯る弊風は棄たれて来ましたが、未た真正に国家の富を増すと云ふ観念には至りませぬ、富とは唯た金さへ儲ければ足れりとし、利とは自分さへ益すれば好いと考へまして、国家の為め社会の為め公利公益を図りて真正に国運の進歩を謀るといふ感は、充分とは言はれませぬ、又事業上に就て論しましてもまだ我国は英米仏独等の如き進歩を見る事は出来ません、英米仏独等の人民は中々感心すべきものであります、彼等は東洋に於けるが如き仁義だの道徳だのといふ称呼はありませぬか、無いからとて行なはないのではありませぬ、寧ろ此等の称呼のある国よりは最も強大なる経義の観念と実行力とを有して居ります、彼国々の今日の隆盛を致しましたる原因は、大に此の称呼なき仁義道徳の行はれたるに起因したる事と存します
[中略] 米国の工業が一般に進歩致ましたる事は、最近の年間に於まして非常なる速度であつて、吾々は実に驚きます、[中略] 十万五千馬力も発電させまする大工場でありましても、僅かに其の人員の使用は、事務員・技師・雇人等総てか廿四人で完全に整理されて行はれます、誠に感心なものです、独り水力電気の工場のみでなく、其の他の大工場も亦た此の通りであります、彼の有名なるカーネギー氏の所属に係はる鉄工場の如きは [中略] 主要なる人達は五六人で、ボーイ其他で十三人に過きませぬ、万事簡易軽便て、其事務室の如きも極めて矮少のもので事足りて居ります、事務員等か事務を処理致しまするに捷敏て、態度か活潑て勇敢て、時間を非常に惜んで居ります、殊に経済思想に富んて居まする事は、決して百事に目抜りかありませぬ、一寸したる機械にありましても我か国人の如く直ちに放擲は致しませぬ、出来得る限り改造し、更に他のものに使用致して居ります、此れは一般に米国の気風か斯の如きてあります、又英国の気風は米国とは大に異なりまして沈着して居ります、何んと形容致して良いか分りませぬか、謂はゞドツシリと致しまして、何処となく落付て居ます、[中略] 独逸国民の気風は一般に緻密で注意周到で、学問と実際とを一致せしむるに努め、学校卒業を致しますれば、直に社会が其技倆に応して之を使用するといふ有様です、小事と雖も苟且 [かりそめ] に致しませぬ、諸事規則的でありまして、殊に学問上には極めて力を尽して居りまして、一般に脳髄が明晢であります、仏国は所謂華美を装ふ風俗でありまして、国民は美術思想に富んで居ります、[中略] 此等諸国の中にて其国体と地形とに依りまして、活気に富んて敏捷なるは米国であらうかと思ひます [中略] 外形上の物質のみよりも、今一層必要なる人の和が何より大切なるものでありますが、米国は此人の和に於ても尤も長所を有して、国民は皆な勉強して、責任を重んじて、云ふた事は必ず行なうて居ります、試みに既往に逆りて米国開国前、[中略] 十七世紀に当たりて閣竜 [コロンブス] か米国を発見して以来、始めて新天地を開きまして、而して此の隆々たる日進月歩の国と致しましたが、此の時は我が日本などは未だ長夜の眠りの中にありまして我れ関せず焉と心得て居りし間であります、故に吾々国民も決して卑屈するに足らないので、大に為さんとすれば必す作し能ふものであります、併しそれは今日の状態では到底及ぶべくもあらずと思ひます、向後尠なからぬ勉強を要する事であります、先づ学問と実業との一致を為し、貿易上には確実と親切とを以てして国民の品位を高めなければなりませぬ、人の品格を高める事は実に国の根本であります、併し如何に品位が大切なればとて国家の生存上に何等の益を為さゞる学者や議論家のみでも国家は忽ち貧乏に陥いりて仕舞ます、去りとて又国家の生存上に利益を図るとしましても私を利するのみに傾く人は亦た国家の進歩を害します、故に私の考へまする処は、今日より人として貴重すへきものは理財の事に通覧して而して道徳の実行者たる人が真正に国家の為め社会の為めになる人であらふと信じます、此れ偏に本弘道会の主義とする所以でありまして、道を弘むるとは空理空論を教ゆるの謂ではありませずして、家業実益を進むるのが本当の道であらふと存じます、[中略] 古来の考へにては道徳を尊崇するものは実業を採る事を卑しみ商工業を取扱ひまするものは学問だの徳義だのは不必要と心得て居りましたか、右様なる野蛮の考は全く破りたく存じます、[後略]
(『渋沢栄一伝記資料』第26巻p.487-493掲載、『竜門雑誌』第179号(1903.04)p.14-22「青淵先生の商業道徳及欧米視察談」より)

渋沢栄一は1923(大正2)年10月には推薦を受けて同会特別会員となりました。また1926(大正15)年には、関東大震災で罹災した弘道会館復興のため寄付金募集部の顧問を委嘱され、1930(昭和5)年に同部が目的完了により解散するまでその任にあたりました。
渋沢栄一伝記資料』中で日本弘道会に関する記事は、第26巻p.487-499と、第43巻のp.379-414に掲載されています。
参考:社団法人日本弘道会
http://www.nihon-k.or.jp/