情報資源センター・ブログ

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公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センターがお送りするブログです。
渋沢栄一、社史を始めとする実業史、アーカイブズや図書館に関連する情報をご紹介しています。

 1928(昭和3)年1月17日(火) (87歳) 渋沢栄一、ハワイ大学図書館用募金について、原田助に通告 【『渋沢栄一伝記資料』第40巻掲載】

是より先栄一、ハワイ大学図書館に日本に関する図書を寄贈せん為め、その資金募集に尽力せしが、金五千円に達したるにより、是日之を同大学教授原田助に通告す。

出典:『渋沢栄一伝記資料』 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 明治四十二年−昭和六年 / 1部 社会公共事業 / 3章 国際親善 / 7節 其他ノ資料 / 2款 日米関係諸資料 【第40巻 p.435-445】

渋沢栄一は、ハワイ大学図書館へ日本に関する図書を寄贈するため、資金募集に尽力しました。1928(昭和3)年1月17日、渋沢事務所の増田明六(ますだ・めいろく、1873-1929)は、日本での募金が五千円に達したことを書翰でハワイ大学原田助(はらだ・たすく、1863-1940)に通知しました。

この時の日本からの寄付について、ハワイの邦字新聞「日布時事」の報道、また原田助が栄一の没後に語った回想が、『渋沢栄一伝記資料』第40巻に次のように紹介されています。

日布時事 昭和二年
    布哇大学図書館へ日本図書を寄附
      購入費として同胞有志より寄附を仰ぎ
      既に千九百四十三弗に達す
        日本の有志から五千円寄附
当地の布哇大学図書館に日本関係書籍の極めて乏しきことを遺憾とし同大学教授原田博士が昨年帰朝の際渋沢子爵に事情を陳述した結果、子爵の尽力で日本の有志者から五千円を寄附さるゝことゝなりしを以て、当地に於ても同胞有志から二千弗乃至二千五百弗の寄附を得て、日本書籍を購入する目的にて竹内副領事・原田精市・原田助三氏の名を以て当地有志の寄附を仰ぎつゝあつたが、十月三十日迄に左の通りの額に達したさうで一応発表することになつた、本寄附金は之を以て締切りとするものでないから、今後も尚ほ特志家の好意を希望するさうである
○中略
  日本書籍購入費寄附者
○中略
   合計金千九百四十三弗也
 尚布哇大学同胞学生よりも募集中だが、右は近く発表される筈
(『渋沢栄一伝記資料』第40巻p.438掲載)

竜門雑誌 第五二〇号・第一五三頁 昭和七年一月
    渋沢子爵と布哇の関係
                   布哇大学教授
                      原田助
 渋沢子に就ては同志社時代より知つてゐたが、特に親しく知る機会を得たのは一九二〇年加州に日本人排斥土地問題の起きた時、これが調査をなすよう渋沢子から依頼された時に始まる、以来、日本に帰つた時はきつとお目にかゝるし、又始終文通を続けて今日に及んだ、渋沢子は日米関係の事に就ては非常に熱心で、加州の同胞や布哇の同胞の事を絶えず心配してゐられた、五年前日本に帰つた時布哇大学の図書館に日本の書籍を備え度いと相談すると、直ちに自分で五百円を寄附されたのみならず、他の人をも誘つて五千円の金を作つて下さつた[。]これに布哇で集めた金二千五百弗を加えて、今日布哇大学図書館にある日本の書籍は購はれたのである。当地の太平洋問題調査会を起すに就ても渋沢子は色々尽して下さつたのである、単に日米親善のみでなく世界平和と云ふ事に関心を持たれ、日本に於ける斯う云ふ種類の団体で渋沢子の関係して居られぬものはないと云つていゝ位である○下略
(『渋沢栄一伝記資料』第40巻p.445掲載)


参考:ハワイと日本と渋沢資料 − ハワイ大学マノア校図書館研修記
渋沢栄一記念財団 実業史研究情報センター / センターだより〕
http://www.shibusawa.or.jp/center/newsletter/683.html
太田雅夫「原田助とハワイ大学(『キリスト教社会問題研究』第46号(1998.01)p.179-229)
同志社大学図書館〕
http://doors.doshisha.ac.jp/webopac/ctlsrh.do?bibid=TB10157362&displaylang=ja