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 【岐阜】 工場の設備、頗る完全にして壮大なり - 中央製紙株式会社 【『渋沢栄一伝記資料』第11巻掲載】

1906(明治39)年5月10日 (66歳)
栄一、大川平三郎・田中栄八郎等と共に岐阜県恵那郡中津町に製紙会社を設立せんことを計画し、是日発起人会を開く。後起業の不利なるを見て一時其計画を延期す。

出典:『渋沢栄一伝記資料』 2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代 明治六年−四十二年 / 1部 実業・経済 / 3章 商工業 / 6節 製紙業 / 3款 中央製紙株式会社 【第11巻 p.125-128】

 中仙道の宿場町中津は豊かな水流と豊富な山林に恵まれ、水と木材を利用する製紙工場の適地でした。中津振興のため、地元有志の菅井蠖(すがい・かく)と間鷲郎は「中津製紙組合」の名称で大川平三郎(おおかわ・へいざぶろう、1860-1936)らとともに製紙工場設置を企図しますが、その創業は物流ルートの確立や市況の改善を待って延期されていました。
 中央線の名古屋・中津川間開通を機に計画は進展、1906(明治39)年10月5日「中央製紙株式会社」が設立となりました。
 渋沢栄一は、準備段階から同社に関与、創業より1909(明治42)年まで同社で相談役を務めました。相談役退任の翌年に中津を訪れた栄一は、当日の日記に工場の印象を「工場ノ設備頗ル完全ニシテ壮大ナリ」と記しています。
 中央製紙は1920(大正9)年に木曾興業を合併、その後も合併・社名変更を重ね、今日では王子製紙に継承されています。

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