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公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センターがお送りするブログです。
渋沢栄一、社史を始めとする実業史、アーカイブズや図書館に関連する情報をご紹介しています。

 「大山巌」を検索すると - 人名団体名編

 NHK大河ドラマ「八重の桜」では、会津藩家老山川家の五女捨松が旧薩摩藩士の大山巌と結婚する物語が描かれていました。そこで「大山巌」をおもしろ社史検索してみました。年表1件と索引2件がヒットしましたのでご紹介します。

検索結果

年表の内容年月日『社史タイトル』
(発行所、発行年)
種別(詳細)
国葬につき弔電発送 公爵元帥大山巌国葬執行につき組合銀行より弔電を贈る1916.12.17住友銀行三十年史』(住友銀行、1926)年表
索引の内容掲載ページ『社史タイトル』
(発行所、発行年)
種別(詳細)
大山巌85『丸の内百年のあゆみ : 三菱地所社史. 資料・年表・索引』(三菱地所、1993)索引(主要人名索引)
大山巌80蛇の目ミシン創業五十年史』(蛇の目ミシン、1971)索引

検索結果からみえてくること

  • 大山巌(おおやま・いわお、1842-1916)は陸軍大将、参謀総長などを歴任した人物ですので、亡くなった時には国葬が執り行われたことが住友銀行の社史に載っていました。
  • 三菱地所の社史の索引から本文を見ると、明治初期に陸軍兵舎を増強する計画について大山巌が登場していました。陸軍大臣大山巌黒田清隆首相宛に、丸の内の政府の土地建物を公売して費用を屯営の移転費用にしたいという要請書を出したそうです。この要請は認可され、渋沢栄一ら財界人が買受の意向を示したものの、結局三菱が買い受けた経緯が社史に載っています。
  • 蛇の目ミシンの社史には、1870年(明3)の政府遣欧使節団の一員として大山巌の名前があげられています。同行した中浜万次郎(なかはま・まんじろう、別名ジョン万次郎、1827-1898)は以前咸臨丸で渡米した時に、ミシンを買って日本に持ち帰ったことが社史に詳しく載っていました。なおこの蛇の目ミシンの社史には、大山と結婚した山川捨松(やまかわ・すてまつ、1860-1919)も索引に名前が登場していました。捨松は1871年(明4)の岩倉使節団に同行して渡米し、「シカゴで既製の洋服を整え」たそうです。

参考リンク

凡例