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公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センターがお送りするブログです。
渋沢栄一、社史を始めとする実業史、アーカイブズや図書館に関連する情報をご紹介しています。

 『朝鮮棉業株式会社沿革史』 【浦上格, 1917】

会社名

朝鮮棉業(株) [Chosen Mengyo Kabushiki Kaisha]

書誌事項

朝鮮棉業株式会社沿革史 / 浦上格編
 大阪 : 浦上格, 1917.07
 81p, 図版8枚, 折込図2枚 ; 20cm
 非売品 ; 縦組み ; 附録: p78-81

書影

朝鮮棉業株式会社沿革史

目次等へのリンク(渋沢社史データベース)

目次 / 基本情報(書誌事項など)

会社沿革と社史メモ

 明治後期に大日本紡績聯合会は朝鮮半島での紡績原料綿栽培を企図し、現地での綿試作を経て1905年(明治38)棉花栽培協会を設立、韓国政府の同意と予算を得て栽培の普及拡大をはかる。聯合会書記長庄司乙吉(しょうじ・おときち、1873-1944)らは綿花栽培の拡充をめざし、1906年(明治39)韓国棉花(株)を設立、棉花栽培協会の事業を補佐し、栽培人への貸金や綿花の買収などの任務を行う。1911年(明治44)韓国併合により社名を朝鮮棉業(株)と改称。1912年(明治43)綿売買が自由解放され、協会は解散し所管は各道庁に移され、朝鮮棉業は一般の営利会社として営業を継続する。多くの同業者が勃興する中に創立趣旨の達成をみて、1916年(大正5)世界各国の綿花を扱っていた日本綿花(株)に事業を譲渡して解散。
 8章からなる沿革史は第1〜3章で朝鮮における綿花栽培の沿革、当社の創立と営業を概観し、第4章に創立から棉花栽培協会解散までの営業、第5章に以降会社解散までの営業、第6〜7章に工場経営と営業成績、第8章に解散経緯を記載。小冊子ながら朝鮮半島での20世紀初期の綿花栽培の実態が克明に綴られている。
[渋沢栄一は棉花栽培協会の評議員を務めた]

外部機関の所蔵データほか

NDL-OPAC / CiNii Books / Worldcat / NDL Search / Webcat Plus / Googleブックス 1,2

参考リンク

*このエントリーは、実業史研究情報センターのサイトで公開している「社史紹介」に先駆けて「速報版」として公開するものです。