情報資源センター・ブログ

情報の扉の、そのまた向こう

公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センターがお送りするブログです。
渋沢栄一、社史を始めとする実業史、アーカイブズや図書館に関連する情報をご紹介しています。

 「クロアチアのMuseum Documentation Center (MDC)」 (番外編) 『クロアチアにおける博物館とギャラリーの戦争被害』

 情報資源センターのスタッフがMuseum Documentation Center (MDC)の存在を知った際に最も驚いたのは、旧ユーゴスラビアの内戦(1991-1995)時にもMDCが活動していたことでした。そこで訪問時に、「内戦期はどのような活動をされていましたか」と聞いてみました。すると答えの代わりに『クロアチアの博物館とギャラリーの戦争被害』(War Damage to Museums and Galleries in Croatia)という書籍を寄贈いただきました。

War Damage to Museums and Galleries in Croatia
 Zagreb : Museum Documentation Centre, 1997
 176 pp : illustr. ; 24 cm
 http://www.mdc.hr/en/mdc/publications/monograph-editions/

 これは内戦による博物館の被災状況と文化財の重要性を次世代へ伝えるため、終戦直後の1997年にMDCが刊行したもので、クロアチア語版と英語版が刊行されています。まえがきによると、内戦期のMDCの最も重要な仕事は、占領された地域の博物館施設と収蔵品の情報の保護でした。MDCは文化財関連国際機関と毎日情報をやりとりし、被災情報の収集と保護に努めたそうです。

目次

ContentsPage
Foreword7
Museums in war / Branka Šulc11-17
Protection in museums - The first wartime task. Six years later / Jadranka Vinterhalter19-37
Public relations / Višnja Zgaga39-53
The register of war damage to museums and galleries in Croatia / Vladimira Pavić55-165
    The activities of the Ilok Muncipal Museum in exile / Mato Batorović89-91
    The activities of the Vukovar Muncipal Museum in exile / Ruža Marić146-152
Monograph publications on the subject of the Patriotic War / Snježana Radovanlija MileusnicFrom the library collection of the Museum Documentation Centre167-169
Exhibition catalogues170-174
Articles from Informatica Museologica dealing with the Patriotic War175-176

内容

 本の表紙には顔の部分を切り取るという被害にあった肖像画が使われ、戦争の悲惨さを伝えています。ページを繰ると内戦で多くの博物館が被害を受け、収蔵品も被災したことがわかります。記事タイトルの日本語訳は次の通りです。

記事タイトルページ
はじめに7
戦争期の博物館11-17
博物館と文化遺産の保護活動:内戦初期の活動と6年後19-37
広報活動39-53
クロアチアの博物館とギャラリーの戦争被害記録簿55-165
    亡命中のイロク市立博物館の活動89-91
    亡命中のヴコヴァル市立博物館の活動146-152
内戦をテーマにした文献MDC図書館のコレクションより167-169
展覧会図録170-174
内戦に関する Informatica Museologica 誌の記事175-176
 最初の3本の記事は、それぞれのテーマの報告です。続く戦争被害の記録簿は110ページにわたるもので、この本の中核部分です。更に巻末には文献リストがあります。太字にした記事の執筆者はいずれもMDCのスタッフです。
 内戦期のMDC所長であったB.Šulc氏は、総論にあたる最初の「戦争期の博物館」を執筆しています。次の「博物館と文化遺産の保護活動」には、MDCが内戦期にどのような活動をしたかが具体的に記載されています。3番目の「広報活動」は、内戦期にもMDCがポスターや刊行物を継続して出版していた活動などが記されています。
 クロアチアにおける博物館とギャラリーの戦争被害記録簿」は、都市のABC順に各博物館の被災状況をまとめたものです。内戦では200以上の博物館が被害を受け、6,500件以上の収蔵品が紛失し、2,000件以上が破壊されました。この記録簿の間には、イロク(Ilok)とヴコヴァル(Vukovar)という2つの都市にある博物館の、内戦期の活動報告が挿入されています。この2つの都市はいずれもクロアチア東部国境近くにあり、内戦期に占領された地域でした。その地の博物館の専門家たちは首都ザグレブに逃れ、MDCの支援を受けて様々な活動をしました。国内外の芸術家たちから寄贈された、占領された地域に関わる絵画や彫刻などの芸術作品により、展示会や写真展を開催したそうです。また図録やポスターを刊行し、様々な宣伝活動も行いました。「亡命中」(in exile)という言葉は、博物館施設のあった地を離れても、博物館活動を継続していた事を示しています。
 「内戦をテーマにした文献」リストには、MDC図書館所蔵の関係書55点、展示図録113点、雑誌記事45点が収録されています。展示図録の書誌を見ると、内戦期にもクロアチア各地の博物館で内戦に関わる展示会が数多く開催されていたことがわかります。なお雑誌記事はMDC発行の『Informatica museologica』掲載のものです。
 この本には被災状況を示す多くの写真が掲載されていますが、戦争に立ち向かったクロアチアの博物館員たちの矜持も込められていることがわかりました。そしてMDCが博物館員たちと手を取り合い、内戦というものにどのように対峙していたか、実に明確に伝わってきました。これらの活動実績は、戦争に限らずさまざまな災害被災地でもおおいに役立つ内容ではないでしょうか。

外部機関の所蔵データほか

Worldcat / Googleブックス 1,2