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情報の扉の、そのまた向こう

公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センターがお送りするブログです。
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 1892(明治25)年12月24日 (52歳) 銀行集会所同盟銀行主催の祝賀会 【『渋沢栄一伝記資料』第6巻掲載】

是より先、栄一暴漢のため襲撃されたるも幸ひに難を免る。依つて是日銀行集会所同盟銀行主催の下に帝国ホテルに於て祝賀会開かる。栄一出席して一場の謝詞を述ぶ。

出典:『渋沢栄一伝記資料』 2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代 明治六年−四十二年 / 1部 実業・経済 / 1章 金融 / 1節 銀行 / 6款 択善会・東京銀行集会所 【第6巻 p.320-323】
・『渋沢栄一伝記資料』第6巻目次詳細
http://www.shibusawa.or.jp/SH/denki/06.html

○渋沢氏遭難無事祝宴会 第一国立銀行頭取渋沢栄一氏ハ本月十一日暴漢ノ為メ要撃セラレタリシカ、幸ニ其難ヲ免カレラレタルヲ以テ銀行集会所同盟銀行相謀リ、日本銀行総裁始メ京浜間及現今在京ノ同業者無慮七十有余名ト共ニ去ル廿四日同氏ヲ帝国ホテルニ招請シ、盛大ナル祝宴ヲ張リ、太白ヲ挙ケテ同氏ノ万歳ヲ祝シ、其総代トシテ横浜正金銀行頭取園田孝吉氏ハ左ノ祝詞ヲ演述セラレタリ [後略]
(『渋沢栄一伝記資料』第6巻p.320。『銀行通信録』第85号(1892.12)より)

銀行集会所同盟銀行は、渋沢栄一が暴漢の襲撃を受けながらも難を免れたことを祝し、1892(明治25)年12月24日に祝賀会を開催しました。『渋沢栄一伝記資料』第6巻には、祝賀会での園田孝吉による祝辞と栄一の謝辞が『銀行通信録』からの転載として紹介されています。
栄一は謝辞の中で、銀行業、運輸業は経済社会の共有物ともいえるもので、単に一個人、一企業の利益を考えて営むべきものではない。今、皆さんが私のためにお祝いをしてくださるのは、私一個人のためにしてくださっているのではなく、経済社会に関係ある銀行者が難を逃れたことを、公共の情義によってお祝いしてくださっているものといえるだろう。私はその皆さんのお気持ちを喜んで恭しく受けたいと思う、と述べ、さらには急速な進歩が社会にもたらす弊害についても言及、演説の最後を「今回小子ニ対スル兇行ノ如キモ是亦其一分子タルニ外ナラス」「今小子ハ諸君ト共ニ我同業者ノ徳義ヲ養成シ、営業ノ進路ヲ戒慎シ、害毒ノ侵凌ヲ防遏スルコトニ怠ラスシテ以テ我業ノ功用ヲ益盛大ナラシメムト欲ス」と同業者への戒めで結んでいます。
参考:[今日の栄一] 1892(明治25)年12月11日 (52歳) 暴漢の襲撃
〔実業史研究情報センター・ブログ 「情報の扉の、そのまた向こう - 2008年12月11日〕
http://d.hatena.ne.jp/tobira/20081211/1228959257