情報資源センター・ブログ

情報の扉の、そのまた向こう

公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センターがお送りするブログです。
渋沢栄一、社史を始めとする実業史、アーカイブズや図書館に関連する情報をご紹介しています。

栄一ゆかりの地

 【静岡】 フランスから帰国、旧主蟄居中の静岡へ - 静岡藩仕官時代 【『渋沢栄一伝記資料』第2巻掲載】

明治元(1868)年12月23日(28歳)是より先十二月八日帰京の後凡そ十日公私の用務を整理し、同月十九日徳川昭武の親書並に渡仏一行の費用の勘定書を持して静岡に到る。是日前将軍徳川慶喜に静岡宝台院に謁して帰朝の復命を為し、昭武の親書を上る。慶喜内命…

 【静岡】 伊豆へ - ハリス記念碑の除幕式 【『渋沢栄一伝記資料』第57巻掲載】

1927(昭和2)年9月30日 (87歳)是日栄一、東京を発し静岡県修善寺に赴き一泊、翌十月一日、下田町玉泉寺境内に建設せられたるタウンゼンド・ハリス記念碑除幕式に出席し、演説をなす。二日帰京す。 出典:『渋沢栄一伝記資料』 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実…

 【茨城】 渋沢栄一、創立発起人から相談役に - 茨城採炭株式会社 【『渋沢栄一伝記資料』第15巻掲載】

1901(明治34)年9月4日 (61歳)是日、茨城採炭会社創立、栄一相談役に推さる。 出典:『渋沢栄一伝記資料』 2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代 明治六年−四十二年 / 1部 実業・経済 / 4章 鉱業 / 2節 石炭 / 5款 茨城採炭株式会社 【第15巻 p.426-42…

 【大分】 松方正義徳政化俗碑 - 知事・松方正義の遺徳を記念 【『渋沢栄一伝記資料』第49巻掲載】

1924(大正13)年8月 (64歳)是月栄一、大分県日田郡日田町に建設せらるる、松方正義徳政化俗碑の撰文並に揮毫をなす。 出典:『渋沢栄一伝記資料』 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 明治四十二年−昭和六年 / 1部 社会公共事業 / 9章 其他ノ公共事…

 【福島】 会津に鉄道を - 岩越(がんえつ)鉄道の創業 【『渋沢栄一伝記資料』第9巻掲載】

1896(明治29)年8月4日 (56歳)是日、当会社創業総会開かれ、栄一会長に推され議事を主宰し、取締役に選ばる。尋いで九月八日会社設立免許を申請し、翌三十年五月二十六日免状下附せらる。 出典:『渋沢栄一伝記資料』 2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力…

 【三重】 相談役に選挙される - 三重紡績 【『渋沢栄一伝記資料』第10巻掲載】

1889(明治22)年7月15日(49歳)是日臨時株主総会決議により栄一、相談役に選挙せらる。是より先当社は前年一月及び十一月、第一・二次の増資を行ひたるが、更に是年八月第三次増資を行ひ、資本金七十万円となす。 出典:『渋沢栄一伝記資料』 2編 実業界指…

 【岩手】 北東一の良港、他に比肩する者無かるべし - 大船渡築港鉄道株式会社 【『渋沢栄一伝記資料』第13巻掲載】

1906(明治39)年7月7日(66歳)是より先栄一、奥羽地方開発のため雨宮敬次郎等と岩手県大船渡地方に鉄道を敷設し、併せて製鉄船渠業を創立せんと図り、是日大船渡築港鉄道株式会社創立委員となる。十月十六日其委員長に推され、爾後政府当局者に対し補助金…

 【山口】 フランシスコ・ザビエル顕彰事業に協力 - ザベリヨ記念碑建設 【『渋沢栄一伝記資料』第38巻掲載】

1924(大正13)年7月11日(84歳)是日、フランス共和国人神父アー・ヴィリヨン、鮎川義介と共に飛鳥山邸に栄一を訪ひ、山口県山口町大道寺に於ける、ザベリヨ記念碑建設に対して援助を乞ふ。栄一乃ち三井・岩崎両家に申入れ、各三千円の寄付をなさしむ。大正…

 【新潟】 実に痛心に堪えかね候 - 北越鉄道 【『渋沢栄一伝記資料』第9巻掲載】

1897(明治30)年7月5日(57歳)是より先、当会社の沼垂路線を繞つて新潟派・株主派間に軋轢を生じ、栄一この間にありて円満解決に腐心す。されど紛擾熄まず、是年五月栄一遂に他の株主派重役とともに監査役辞任を表明するに至りしも、是日臨時総会において…

 【福井・敦賀】 敦賀・伏見・四日市に於ける倉庫業 - 敦賀港や伏見等で倉庫設備を視察 【『渋沢栄一伝記資料』 第14巻掲載】

1884(明治17)年6月(44歳)是月栄一、第一国立銀行京摂地方支店巡廻の途次、敦賀に至り、港内倉庫設備を一覧の後、八幡銀行頭取西川貞二郎等と、同地に倉庫会社を設立せんことを協議し、伏見に至りて同地の倉庫会社を視察し、更に四日市に於て倉庫会社設置…

 【群馬/栃木】 国内旅行/両毛織物鑑賞会 - 両毛の織物施設を訪問 【『渋沢栄一伝記資料』 第57,52巻掲載】

1910(明治43)年6月2日(70歳)是日栄一、東京を発し桐生・足利・館林に赴き、各所に於て講演をなし、四日帰京す。 出典:『渋沢栄一伝記資料』 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 明治四十二年−昭和六年 / 3部 身辺 / 6章 旅行 / 1節 国内旅行 【第5…

 【千葉】 東京市養育院安房分院 - 風土の恩恵と地元の後援で児童を育む 【『渋沢栄一伝記資料』第30巻掲載】

1917(大正6)年6月8日(77歳)是日、当院安房分院に於て磨崖碑竣工式行はれ、栄一当院院長として之に列席す。引続き新築せる同分院会堂に於ける楽翁祭に出席し、一場の演説をなす。 出典:『渋沢栄一伝記資料』 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 明…

 【福島】 楽翁を祀る南湖神社の建立 - 大礼記念楽翁公奉祀表徳会 【『渋沢栄一伝記資料』第41巻掲載】

1916(大正5)年5月11日(76歳)是日、福島県白河町町長及び有志、栄一を訪問し、大正天皇御大典記念として、同町に大礼記念楽翁公奉祀表徳会を組織の上、同町南湖に南湖神社建立を企画の旨開陳す。栄一之に賛同し、依頼に応じて当表徳会総裁たることを承諾…

 【石川 / 津幡〜七尾】 地域のため大いに利益ある線路 - 加能鉄道会社/鉄道会議 【『渋沢栄一伝記資料』第23巻掲載】

1894(明治27)年5月7日(54歳)第四回鉄道会議是月三日より開かれ、是日栄一、会議に出席して加能鉄道会社発起につき審議す。 出典:『渋沢栄一伝記資料』 2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代 明治六年−四十二年 / 1部 社会公共事業 [実業・経済] / 8…

 【京都】 先端技術で伝統産業の発展を図る - 京都織物株式会社 【『渋沢栄一伝記資料』第10巻掲載】

1887(明治20)年5月5日(47歳)是より先、二月二十七日附を以て京都織物会社創立願書提出中のところ、是日創立許可せられ、六月二十二日京都商工会議所に於て創立認許後第一回株主総会を開く。栄一、大倉喜八郎・益田孝と共に相談役に選挙せらる。尋いで七…

 【山梨/静岡】 将来の大計を思い、甲府と清水港の連絡を - 富士身延鉄道 【『渋沢栄一伝記資料』第51巻掲載】

1912(明治45)年4月26日(72歳)是より先、小野金六・堀内良平等、富士駅より大宮・身延を経て甲府に至る鉄道を敷設せんことを計画す。栄一、其企画に賛成し、当会社創立に尽力す。四十四年六月二十三日免許を得、軽便鉄道法に依りて指定せらる。是日、当会…

 【琉球(沖縄)】 ベッテルハイム記念碑建立に協力 - ベッテルハイム記念碑 【『渋沢栄一伝記資料』第38巻掲載】

1926(大正15)年4月15日(86歳)日本に渡来せる最初の基督教宣教師ハンガリー人ベルナルド・ベテルハイムの記念碑を琉球に建設せんがため、ベテルハイム記念事業委員会会長アール・アール・ブル、是日栄一に対し、同会を代表して金百円の寄付を乞ふ。栄一之…

 【名古屋/東京】 日米親善の連鎖たらんことを - 渡米実業団記念会 【『渋沢栄一伝記資料』第32巻掲載】

1910(明治43)年4月9日(70歳)是日、渡米実業団第一回記念会、名古屋市に開催せらる。栄一出席す。爾後毎年記念会開催され栄一出席す。特に大正六年九月二十四日渡米実業団員中物故者追悼法会を上野寛永寺に営み、栄一弔辞を述ぶ。 出典:『渋沢栄一伝記資…

 【青森】 地方の模範となることを期し - 三本木渋沢農場 【『渋沢栄一伝記資料』第54巻掲載】

1915(大正4)年3月(75歳)是日栄一、渋沢事務所に於て、当農場顧問農学博士原熙の来訪に接し、当農場の経営に関し要談す。 出典:『渋沢栄一伝記資料』 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 明治四十二年−昭和六年 / 2部 実業・経済 / 5章 農・牧・林…

 【福岡】 世界への玄関を築く - 門司築港会社 【『渋沢栄一伝記資料』第13巻掲載】

1889(明治22)年3月(49歳)是より先、九州鉄道敷設計画の進捗に伴ひ其起点たる福岡県企救郡門司港開築の要あり。仍て初め同県当局に於て之れを企てしも其経費支弁に苦む所ありて、豊前六郡の有志者斎藤美知彦等相謀り会社事業として之れを経営せんとす。栄…

 【奈良】 奈良のみやこ、平城京跡の保存 - 奈良大極殿阯保存会 【『渋沢栄一伝記資料』第49巻掲載】

1913(大正2)年2月(73歳?)是より先、徳川頼倫・岡部長職・阪谷芳郎・岩崎久弥・三井八郎右衛門及び栄一等の発起により、奈良市郊外の朝堂院阯に標石二十八基を、又大極殿阯並に内裏阯に記念碑を建立し、之等を保存せんとする趣旨の下に、奈良大極殿阯保…

 【鳥取】 土地の美景を発揚するのは住民の務め - 船上山(せんじょうざん)史蹟保存会 【『渋沢栄一伝記資料』第49巻掲載】

1930(昭和5)年2月(90歳?)是月、史蹟船上山を保存し、船上神社を修理増築せんとする目的を以て、船上山史蹟保存会設立せらる。栄一その顧問となり、在任歿年に及ぶ。 出典:『渋沢栄一伝記資料』 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 明治四十二年−…

 【徳島】 蜂須賀茂韶より、人材紹介の依頼 - 第八十九国立銀行 【『渋沢栄一伝記資料』第5巻掲載】

1893(明治26)年1月(53歳)徳島第八十九国立銀行岩下敏之を招聘す。栄一の斡旋する所なり。 出典:『渋沢栄一伝記資料』 2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代 明治六年−四十二年 / 1部 実業・経済 / 1章 金融 / 1節 銀行 / 4款 国立銀行及ビ普通銀行 /…

 【秋田】 天恵豊かな地。勇気と忍耐をもって開発を - 秋田銀行 【『渋沢栄一伝記資料』第5巻掲載】

1897(明治30)年1月(56歳)栄一秋田銀行の相談役と為り爾来同行のため尽力するところ多し。 出典:『渋沢栄一伝記資料』 2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代 明治六年−四十二年 / 1部 実業・経済 / 1章 金融 / 1節 銀行 / 4款 国立銀行及ビ普通銀行 /…

 【滋賀】 世道人身退廃の極みに、きわめて有益な事業 - 藤樹神社創立協賛会 【『渋沢栄一伝記資料』第41巻掲載】

1921(大正10)年1月20日(81歳)是日栄一、藤樹神社創立協賛会顧問たることを承諾し、且、金千円を寄付す。次いで寄付金募集其他を援助す。十一年五月二十日、自書の扁額を寄進す。顧問在任歿年に及ぶ。 出典:『渋沢栄一伝記資料』 3編 社会公共事業尽瘁並…

 【富山】 無謀な競争を避けて共に実を挙げるように - 高岡共立銀行 【『渋沢栄一伝記資料』第5巻掲載】

1895(明治28)年12月(55歳)是月株式会社高岡共立銀行設立されしが、発起人等栄一に同行支配人を推薦せんことを依頼せるを以て、第一国立銀行行員大橋半七郎を推薦す。爾来栄一同行の為め尽力する所少からず。 出典:『渋沢栄一伝記資料』 2編 実業界指導…

 【長野】 内山峡の巌碑除幕式 - 内山峡詩碑 【『渋沢栄一伝記資料』第44巻掲載】

1940(昭和15)年11月24日 (没後9年)是日、長野県南・北佐久郡有志により、南佐久郡内山村の岩壁に鑿立せられたる、「渋沢青淵先生内山峡之詩」碑の除幕式挙行せらる。 出典:『渋沢栄一伝記資料』 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 明治四十二年−…

 【愛媛】 自己の才と資力、世の変遷に鑑みて学に志すよう - 松山商業学校 【『渋沢栄一伝記資料』第44巻掲載】

1915(大正4)年10月1日 (75歳)是より先、栄一、第一銀行広島支店・同熊本支店開業式参列のため西下の途次、山下亀三郎の懇請に依り、是日松山市に到り当校を参観し、終つて同市公会堂に於て、当校並に愛媛県立師範学校・同松山中学校・私立北予中学校・愛…

 【埼玉】 諏訪神社 - 故郷八基村の諏訪神社に拝殿を寄進、神前挙式を推奨 【『渋沢栄一伝記資料』第41巻掲載】

1916(大正5)年9月27日 (76歳)当神社拝殿落成し、是日祭典当日を卜し、献納の奉告祭行はる。栄一参列して演説をなす。又同拝殿内に掲ぐる扁額を献納し、記念樹を境内に手植す。 出典:『渋沢栄一伝記資料』 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 明治…

 【福島】 磐城炭礦株式会社 - 首都圏の生活と産業を支える石炭の供給 【『渋沢栄一伝記資料』第15巻掲載】

1884(明治17)年8月 (44歳)浅野総一郎等と共に盤城炭礦社を設立す。栄一会長たり。此後重任して明治二十六年十一月二十四日に至る。 出典:『渋沢栄一伝記資料』 2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代 明治六年−四十二年 / 1部 実業・経済 / 4章 鉱業 …