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公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センターがお送りするブログです。
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 1916(大正5)年8月2日(水) (76歳) 渋沢栄一、東京興信所評議員会長を辞任 【『渋沢栄一伝記資料』第51巻掲載】

日栄一、当所評議員会長を辞す。翌六年六月、相談役就任を懇請されしも辞して受けず。同年九月当所より記念品を贈らる。

出典:『渋沢栄一伝記資料』 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 明治四十二年−昭和六年 / 2部 実業・経済 / 1章 金融 / 3節 興信所 / 1款 株式会社東京興信所 【第51巻 p.200-203】

(東京興信所) 評議員会書類 第六   (株式会社東京興信所所蔵)
  東京興信所第二十一回報告書
[中略]
    ○評議員会の件
大正五年二月当年の第一回評議員会を開き、爾後必要に応じ開会して時々の要件を協議せり、尚ほ当所評議員会長第一銀行頭取男爵渋沢栄一氏は、当年七月同行退職と同時に当所評議員会長を辞任せられ、後任頭取佐々木勇之助氏代て当所評議員に就任したり
(『渋沢栄一伝記資料』第51巻p.200-201掲載)

東京興信所は「商工業者ノ資産及営業ノ状況ヲ調査通信シテ商工社会信用ノ発達ヲ助ケ、銀行其他商工業者ニ営業上ノ便利ヲ与フル」ことを目的に、1896(明治29)年に渋沢栄一をはじめとする京浜地区の銀行有力者を発起人として設立されました(『渋沢栄一伝記資料』第7巻p.523「東京興信所規約 第一章 目的 第一条」より)。栄一は創業より1916(大正5)年まで同所の評議員会長を務めています。
渋沢栄一伝記資料』第51巻p.200-203には栄一が第一銀行を退職と同時に辞任、その後任として第一銀行頭取佐々木勇之助(ささき・ゆうのすけ、1854-1943)が評議員に就任したことなどが紹介されています。
なお、『渋沢栄一伝記資料』中、東京興信所に関する記事は第7巻p.520-556、および第51巻p.192-207に掲載されています。