1922(大正11)年4月16日
是日、当ホテル地下室より出火し、本館全部を焼失す。栄一現場に臨みて、支配人林愛作を慰諭す。
出典:『渋沢栄一伝記資料』 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 明治四十二年−昭和六年 / 2部 実業・経済 / 3章 商工業 / 16節 ホテル / 1款 株式会社帝国ホテル 【第53巻 p.536-538】
帝国ホテルは業績伸長にともない1906(明治39)年に本館裏手に別館を増築、1909(明治41)年には本館の大改修を行っています。大正期に入っても増改築を繰り返しますが、1890(明治23)年竣工の木造建築の劣化を修繕で補うことは困難となりつつありました。
1916(大正5)年11月、臨時株主総会で新館建築が議決され、同年12月には新館設計者としてフランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright, 1867-1959)が来日しています。設計は翌年にほぼ完了したものの、建設用地調達が滞り起工は1919(大正8)年9月まで待たねばなりませんでした。
新館(ライト館)工事が緒についたばかりの1919(大正8)年12月、ホテルは火災に見舞われ別館が全焼します。急ごしらえの別館が1920(大正9)年6月に建てられましたが、さらに2年後の1922(大正11)年4月16日に、今度は本館が全焼しました。度重なる火災と新館(ライト館)工事の遅れも重なり、経営資金はひっ迫、林愛作(はやし・あいさく、1873-1951)を含む取締役は総辞職して相談役に退くこととなりました。このとき新たに取締役会長に就任したのが大倉喜七郎(おおくら・きしちろう、1882-1963)でした。
本館火災の翌1923(大正12)年には新館(ライト館)が竣工しますが、披露式当日の9月1日、関東大震災が発生して東京は大火災に見舞われます。しかしながら帝国ホテルは強震に崩れることなく、職員の尽力によって火災も免れました。犬丸徹三(いぬまる・てつぞう、1887-1981)は当時を回想し、渋沢栄一が語った言葉を次のように紹介しています。
竜門雑誌 第五二一号・第一〇八 ― 一一〇頁〔昭和七年二月二五日〕
追慕(犬丸徹三)
[前略]
私 [犬丸] が生涯忘れられぬのは、彼の大正十二年の大震火災直後のことである。
帝都の大半はあの惨禍に遭つて烏有に帰し、多くの市民や在留外人迄も遭難したのは御承知の通りであるが、幸にして私のホテルは天裕と云はふか、社員の尽力と云はふか、兎に角あの大禍を免かれ、在宿内外人の生命財産はあの天災から保護せられたのみならず、各国大使館や新聞其他通信機関の為に公開し、利用を願ふことが出来たのである。
固より之は一には天裕であり、一には社員諸君の一身を犠牲にしての努力によるものであらうが、子爵 [渋沢栄一] は此処置に対して非常に御満足であつたと見え、数日ならずして態々ホテルに御出になり、特に私を呼び寄せられ、
今回お前の執つた処置は実に立派であつた、私は久しく希ふてゐた創立以来の願が、今日始めて君達に依つて達せられたことを感謝する。
[中略] 今回計らずも未曾有の大震火災に遭遇し、幾多の外人を預りながら、而も之等の人々を充分に救ひ難を免れしめ得たといふことは、誠に世界に誇り得る美談であつて、之によつて私の創立以来の気持が遺憾なく遂げ尽された様な気がする。
私としては之程喜ばしいことはない。誠に有難い。之からも斯ういふ美しい気持で精進して貰ひ度い
といふ意味のことを諄々と述べられたが、私は此時、この御満足の御言葉に感激すると共に、子爵が一事業を創立するに当り、単に自分一個の事を考へず、真に其事業を通じて国家公共に貢献せんとせらるる赤誠に、深く敬服せざるを得なかつた。又 [中略] 斯る職責上当然の行為を特に賞讃せらるゝ所以も亦、我々後輩門下をしてその職責を遺憾なく遂げしめ、自らの分限を通じて一層国家社会に碑益せしめんとする子爵の深き御考によるもので、我々の深く敬仰すべき処である。
[後略]
(『渋沢栄一伝記資料』第14巻p.379-380)
犬丸徹三は東京高等商業学校を卒業、海外でホテル業に従事した後、1919(大正8)年1月帝国ホテルに副支配人として着任しました。新館竣工直前の1923(大12)年4月には支配人となり、1945(昭和20)年12月には社長に就任しています。犬丸はそれらの体験を『ホテル経営』『ホテルと共に七十年』として著し残しています。
1922(大正11)年に焼失した初代帝国ホテル建築の模型
(帝国ホテル所蔵)
現在、帝国ホテルの中2階には初代建築とライト館の模型があり、往時の姿を見ることができる。
参考リンク
- [栄一ゆかりの企業] 【帝国ホテル】掲載予定(全16回)
〔実業史研究情報センター・ブログ「情報の扉の、そのまた向こう」 - 2014年4月14日〕
http://d.hatena.ne.jp/tobira/20140414/1397433298 - 綱文番号DK530104k:本文_『渋沢栄一伝記資料』本文公開実験(帝国ホテル)
〔渋沢栄一記念財団 渋沢栄一 / 『渋沢栄一伝記資料』〕
http://www.shibusawa.or.jp/SH/denki/trial/53/DK530104k_text.html - 綱文番号DK530104k:資料リスト_『渋沢栄一伝記資料』本文公開実験(帝国ホテル)
〔渋沢栄一記念財団 渋沢栄一 / 『渋沢栄一伝記資料』〕
http://www.shibusawa.or.jp/SH/denki/trial/53/DK530104k_list.html