是ヨリ先、麝香間同列ノ華族相謀リ鉄道組合ヲ組織シ東京青森間ニ鉄道ヲ建設セン事ヲ計画シ、其規則方法ノ立案ヲ栄一及前島密ニ依嘱ス。草案成リ是日第一回会議ヲ開ク。尋イデ第二回第三回会議ヲ重ネ第一次着手里程ヲ宇都宮迄トシ、建設工事方ハ高島嘉右衛門ニ依嘱セリ。
出典:『渋沢栄一伝記資料』 2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代 明治六年−四十二年 / 1部 実業・経済 / 2章 交通 / 2節 鉄道 / 1款 東京鉄道組合 【第8巻 p.357-372】
・『渋沢栄一伝記資料』第8巻目次詳細
http://www.shibusawa.or.jp/SH/denki/08.html
*麝香間祗候(じゃこうのましこう) (Yahoo!辞書 - 大辞泉)
東京鉄道組合は鉄道建設計画のために組織された組合でしたが、紆余曲折があり鉄道建設は実現に到らず解散しました。その後、渋沢栄一の提案により、同組合出資者はその資金を海上保険業に出資、東京海上保険(現・東京海上日動)が設立されました。(下記参照)
『渋沢栄一伝記資料』 2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代 明治六年−四十二年 / 1部 実業・経済 / 1章 金融 / 4節 保険 / 1款 東京海上保険株式会社 【第7巻 p.557-666】
・『渋沢栄一伝記資料』第7巻目次詳細
http://www.shibusawa.or.jp/SH/denki/07.html