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公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センターがお送りするブログです。
渋沢栄一、社史を始めとする実業史、アーカイブズや図書館に関連する情報をご紹介しています。

 『浅野セメント沿革史』 【浅野セメント, 1940】

会社名

浅野セメント株式会社 [Asano Semento Kabushiki Kaisha]
[Asano Cement Co.]

書誌事項

浅野セメント沿革史 / 和田壽次郎編
 東京 : 浅野セメント, 1940.12
 711p 図版 肖像 地図 表 ; 26cm
 Title in romaji: Asano Semento enkakushi

外部機関の所蔵データほか

NDL-OPAC 1,2 / Webcat / 神奈川県立川崎図書館 / Worldcat 1,2,3 / NDL Search (β) / Webcat Plus 1,2 / Googleブックス 1,2 / 社史ウィキ

関東大震災」に関する本文の概要 (p367-370)

  • 1923(大正12)年の震災で深川の浅野セメント東京工場は、地震の被害は軽微でもその後の火災により全て焼けてしまった。損害額は約190万円で職工2名が死亡。川崎工場の方は地震の被害だけであったが職工4名が死亡した。
  • 震災後セメント需要の急増を予想し、両工場の復旧工事を急いだ。川崎の第1工場は10月から運転再開、第2工場はこれを機会に生灰焼成法を採用して設備を一新し翌年4月に再開した。東京工場は新しい機械も据え付けて翌年7月に運転再開となった。
  • 1922(大正11)年10月に鉄筋コンクリート事業に進出していたが、震災後耐震耐火建築への要望が高まり、小学校等のコンクリート建築工事を請け負った。

目次にあらわれた「関東大震災」関連事項

項目ページ
第一部 / 第四編 株式会社大正時代(大正二年ヨリ昭和元年マデ) / 第四章 副業へ進出 / 第一節 関東大震災と東京、川崎、両工場の被害 鉄筋コンクリート部の創設367

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